- 10月 18, 2026
「人生の意味」を読んで考えた
5月になぜか本を読むインプット作業が出来なくなりました。
かわりに、このコラムの場でアウトプットさせていただいています。
読めたのは、7月に亡くなった東野圭吾さんの「永遠の記憶」。

残念ですが、遺作となってしまいました。
はじめの100ページは把握するようにゆっくり、しかし、後半200ページはあっという間でした。とても面白く、いつものようにグルングルン、最後まで振り回されます。
そして涙というか、優しいんですよね、出てくる人みんな。
そして、もう1冊は、最近買った「人生の意味」。

難しそうなタイトルですが、全然難しくないんです。
やることなすこと失敗続きのイギリスの若者が、グーグルで「人生の意味ってなんだ?」と検索したところから始まる。そこで1930年代に行われた試みを発見する。
その試みとは、芸術や科学、スポーツ選手などの、各分野の指導者100人に手紙を書き、
「人生の意味とは何でしょう、あなたはどうやって生きる意味と目的、充足を見つけたのですか」と訊ねた。これは「生きる意味について」という本となって1932年に刊行された。
若者は、その試みを再現した。
1932年版と違って、彼は研究者、教育者だけでなく、できるだけ多様な背景や国籍、性別、年齢、人種、宗派の人、受刑者にまで手紙を書いた。そして、それをまとめ、翻訳、日本で出版されたのが2026年8月。私が購入したのは9月。
105人分、420ページ。1人当たり1から長い人でも10ページ程度。
本としては分厚いけど、当然、105人分の話が完全に独立しているので、読みやすい。

そこに、各著者が自分の人生を表現する。ザーッと要点をまとめます。人生の意味として、各著者は
- 人とのつながり
- 他者を幸せにすること
- 旅が全て
- 目的を成し遂げようとする努力
- 私の脳
- 世界に好影響を与える方法を見つける
- 意味なんていらない、十分に幸福
- 意味なんてない、ただの贈り物だから
- それを考えられるのは余裕のある先進国の人間のみ
を挙げていました。
ここで、こんな名言があった、とお示しするつもりはありません。
私は読みながら、「自分だったら何と書くか」と考えていました。
そして、それほど考えずに答えは出ました。
以前にも書きましたが、私は頭で理解することを、実はあまり信じません。論文だって、学説だって、正反対の意見があるのも普通。
なるほど、と思っても、さらにもっとすごい意見が出れば、正解が書き換えられるのが普通だから。
しかし、感情は信じます。
人の役に立てた時、喜んでもらえた時、生きている意味を感じます。
人から好意を受けた時も大きな喜びを感じます。
アドラーの共同体感覚:共同体に貢献できる事に強く感情が揺さぶられます。
共同体にポジティブな影響を与え、そして逆に与えられること、これが私にとっての人生の意味です。

では、社会的に成功していない人、生産性のない人には、生きている意味がないのか。
もちろん、そんなことはありません。
ただ、私自身は、独り立ちできていなかった時代、本当に苦しかった。
浪人時代、大学時代、お金がなく、自分の食べる分さえ自分で稼げない。情けなかった。
そんな時に「人生の意味は何ですか?」なんて聞かれたら、切れたかも。
大学を含めた学生時代や浪人時代には、正直言って戻りたくありません。
医者になっても、ずーっと自信がありませんでした。
幸いに、今は人の役に立っている実感があります。開業してからですかねえ。
これは、あくまで私自身の話です。

人は生まれて3日で親孝行を完了するというのを読んだことがあります。そのくらい赤ちゃんはかわいい。生きているだけでいいの。
共同体にポジティブな影響を与えられる人間になるために成長している若者の時間は意味ありまくりです、がんばれ!
まあ、他の人にとっての人生の意味はわかりません。
自分が動けず、目に見えた人への貢献ができなくなった時のことを考えます。怖いです。
自分ではわからなくても、周りの人が自分の存在に意味を感じてくれるかもしれません。
動けなくなった自分は、甘んじて、それでも共同体の役に立てることを探すでしょう、少しでも。
元気で笑顔でいることが周りに好影響を与えるかもしれない。
病気でも必死で生きようとする姿、わかりませんが、必死で考えるでしょう。
とにかく、生をいただいて、そして死んでいないんだから、生き尽くさないといけない。
健康な身体、医者としての資質、手術ができてMRIのあるクリニック、一緒に働いてくれるスタッフ。
これだけそろっているんだから、このまま、そしてもっと共同体にポジティブな影響を与え続けていきたい。
そして、私自身も周りの人からたくさんのポジティブな影響をいただきます。
それだけでいい。それだけ考えよう。
