- 10月 11, 2026
くびの痛みに対する手術適応
―頚椎と痛覚変調性疼痛―
先日、遠くから頚部痛の患者さんが来られました。新幹線レベルです。
診察では、患者さんの期待と、私が医学的にできることとの間に、大きな隔たりがありました。
予約はいっぱいでしたが、何とかMRIを取りました。
本来ならばMRIの適応はありません。MRIは、滋賀県国保連合によれば
①手術を前提としたもの
②外傷、神経麻痺疾患、急性疾患
でなければ認めない、とのお達しがありますから。
神経症状が強くありません。①は否定されます。
20年来の症状です。②も否定されます。
既往や全身状態から癌も感染も疑われません。
「来た意味がない、なんで来たのかわからない。」そういわれましても、、、。
収拾付かず、院長判断でMRIを撮り、手術適応がないことをできる限り丁寧に説明しました。
その日の風呂に入っているときに、「こういえばよかったなあ、これ言わへんかったなあ」、とゆっくり思いました。
この患者さんがこのコラムを読んでいくれたら、もう少し納得いくかも、と考えてコラム書きますね。
首の痛みは、医学的には大きく3つの仕組みから考えます。
1.筋肉、筋膜、椎間関節、椎間板などから生じる痛み(侵害受容性疼痛)

2.脊髄、神経根の障害による痛み

3.痛覚変調性疼痛
痛みを感じ、処理する神経系の働きが変化して、痛みを感じやすくなっている状態です。



この3つは別々に存在するとは限りません。
筋肉や関節の痛みが長く続き、神経も障害されて、そこに痛覚変調性疼痛の要素が加わる場合もあるのです。
診断と治療について
- くびの筋肉、筋膜、椎間関節、椎間板などの炎症による痛み
基本的に内服、湿布、時にトリガーポイントブロック。
椎間板や椎間関節に負担がかかって炎症が起こる痛みなので、抗炎症が良い。
リハビリによる姿勢改善、仕事環境の整備も有効。
リハビリと努力で姿勢改善→頚部痛改善 | 淡海せぼねクリニックブログ
椎間板や椎間関節への注射、それが有効であれば、根治性を狙ってリゾトミーもあり得ます。ただ、頚に注射って、あんまり皆さん希望しませんね。
- 脊髄、神経根の障害による痛み神経根症では頚周囲、肩甲骨、腋、胸などに痛みが出ることが多いです。そもそも定義みたいなものです。

「ペットボトルは飲み干せない、頚が痛いから」 姿勢が改善した頚椎椎間板ヘルニア | 淡海せぼねクリニックブログ
神経根ブロック、星状神経節ブロック、カラーで安定化、リハビリで姿勢矯正、そして手術です。
脊髄症では頚部痛があることはありますが、全くない人も普通にいます。脊髄症では、脊髄の障害によって神経障害性疼痛が生じることもあります。しかし、頚部痛が脊髄そのものの圧迫による痛みなのか、椎間板や椎間関節、筋肉などから生じる痛みなのかは、簡単には区別できません。
つまり、脊髄症の患者さんに頚部痛があることと、その頚部痛が脊髄圧迫によるものであることは、同じではないのです。

私が調べた70人ほどの頚椎疾患術後改善した痛みの場所は以下の様。体幹や顔面、陰部含めて色々でした。

神経根症は片側の頚部痛自体が神経症状のことがあるので、特にC4なんかはそれの改善を目的として手術はありうるでしょう。
脊髄症においては頚部痛との関連可能性が神経根症ほど高くないので、頚部痛改善目的に脊髄の除圧をすることは基本的にありません。
そうは言っても、実際に脊髄症の術後に「頚が楽になった!」という人はたくさん経験しています。そこがもどかしい。頚部痛を持った頚椎症性脊髄症88人に対して頚椎椎弓形成術を行った研究では、61.4%の患者が術後に首の痛み≥50%の改善を認めています。ただし、これは脊髄症があって手術した患者さんの研究です。頚部痛だけの患者さんに手術をしても、同じように改善するという意味ではありません。
手術適応というものは古いものに従うだけでなく、医学が進歩して手術侵襲性が低くなったら、適応は広がってもいいといつも思っています。つまり、明らかな脊髄症状がなく、MRIでは脊髄圧迫を認める、頚部痛を主訴とする患者さんがいたとして、それを手術で改善して満足、という時代が来るかもしれません。
腰部脊柱管狭窄症における排尿障害も同じかもしれません。確かお師匠さんからは、排尿症状のみでも腰椎の手術適応になるだろうか、そこを研究しなさい、という命令でした。いろいろ研究しましたが、まだ、そこまでは出来ていません。
腰痛のみの腰部脊柱管狭窄患者でも、神経根ブロックによって痛みが改善すれば、神経根が痛みに関与している可能性を評価できます。しかし、頚髄そのものに対しては、そのような確認方法がありません。
仮に頚部痛中心、明らかな四肢の脊髄症状がなくて困ってる患者さんがいたとします。四肢腱反射や詳細な神経所見を取って脊髄症状の存在を、わずかなものでも、探すかもしれません。上記1の関節、椎間板由来の痛みでもない場合、どうでしょう。患者さんと密にコミュニケーションが取れて、ここまで書いたようなこと、をご理解いただけたとしたら、私は手術をするだろうか。あいちせぼね病院や大学病院にいるときだったらあり得たかもしれない。脊髄症状がなければ倫理委員会までとは言わないが、少なくとも教授や数人の脊椎外科医が納得しなければ、無いと思う。淡海せぼねクリニックは私と五百蔵先生でリードしていますが、まだ開業4年目前、という状況です。何かあった時、何かなくても「なんで手術をしたのですか、四肢症状のない患者を」となった時に、完全な反論ができない。
そういうわけで、いわゆる(四肢の)脊髄症状があって、ついでに頚部痛もよくなればいいね、という患者さんしか手術適応にならないのです。
- 痛覚変調性疼痛
痛覚変調性疼痛(Nociplastic pain)は、国際疼痛学会(IASP)が2017年に導入した正式な疼痛概念です。さらに2021年、2024年にKosek E.が整理しています。
痛覚変調性疼痛の可能性を判断する基準として、次の4条件を提示しています。
- 3か月を超えて痛みが続いている。
- 痛みが限局的ではなく、ある程度広い範囲に分布している。
- 侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛だけでは十分に説明できない。
- 診察で、痛む領域の刺激に対する過敏性が確認される。
なお、痛覚変調性疼痛というのは、気のせいだとか、精神的に弱いという意味ではありません。痛みを感じる仕組みそのものが変化し、痛みが長く続きやすくなっている可能性がある、ということです。
痛覚変調性疼痛では、単に痛い部分を治療するだけでは、十分に改善しないことがあります。
大切なのは、過敏になっている痛みの仕組みを、少しずつ落ち着かせていくことです。
まず、痛みの仕組みを理解すること。そして、無理のない運動やリハビリを継続すること。睡眠を整え、ストレスや不安にも目を向けることです。必要に応じて薬物療法や心理的な治療を組み合わせることもあります。
これは「気の持ちようで治しなさい」という意味ではありません。
痛みには、体の組織だけでなく、痛みを感じる神経系の働きも関係しているからです。
時間はかかるかもしれませんが、痛覚変調性疼痛にも治療方法があります。
今回の患者さんについては、頚椎の椎間板や関節の変性、軽度の脊髄圧迫は存在します。しかし、それだけで長年の痛みを十分に説明することは難しい。私は、痛覚変調性疼痛が関与している可能性も高いと考えています。痛みに対してお役に立てませんでしたが、こういう整理になります。
そして、私は手術を勧めませんでした。
それは、痛みが軽いと思っているからでも、治療の必要がないと思っているからでもありません。手術によって、その痛みを改善できるという十分な根拠がないからです。
痛みの治療は必要です。ただし、今のところ、その方法は手術ではないと考えています。
そして、今後、脊髄症の症状が現れたり、進行したりするようであれば、改めて手術の必要性を考えましょう。
「手術をしない」と「何もしない」は、違います。
地元の先生と相談しながら、「落ち着いて」痛みの治療を続けていただきたいと思います。