- 9月 27, 2026
『すべり』と『すべり症』――家族ならどう説明するか
腰のMRIやレントゲンで「腰椎すべり症です」、「脊柱管狭窄症です」と言われることがあります。私は(症状と関係なく、画像だけでは)言いません。患者さんが他の病院で言われるのです。
腰椎の骨が前後にずれていれば、「腰椎のすべりがあります」と説明します。
同じようにMRIで脊柱管が狭くて、症状がなければ「脊柱管が狭くなっています」
と説明します。「症」という言葉はつけません。はじめに言葉ありき | 淡海せぼねクリニックブログ これは、やや私流。理由は、
ややこしいけど、厳密には辷り(症)と狭窄(症)は少し違うんです。
医学用語としては、「腰椎変性すべり症」という言葉は、画像上の背骨のズレそのものを指して使われることもあります。すべっているだけでよい。Spondylolisthesis.pdf
一方、腰部脊柱管狭窄症については、単にMRIが狭いだけではなく、下肢の痛みやしびれ、間欠性跛行など、症状があることが重要です。腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン2021(改訂第2 版)
大事なのは、画像で狭い、辷ることと、症状を出すことは同じではないという事。
狭窄症やヘルニアは画像で治療方針は決まらんよ「違和感」 | 淡海せぼねクリニックブログ
どうですか、退屈でしょう。まあ、もう少しついてきて。今日は自己愛バリバリではなく、一般的なメッセージですから。
先日、80歳目前の患者さんが来られました。痩せて認知症、フレイル、という感じではなく、若く見える感じの、しっかりした女性。ただ、杖を使っている。

問診表では、左足首の違和感、両足小趾のビリビリ感、時に左の殿部痛、が主訴、との申告ですが、もっとやばいのは1日3回の自己導尿を必要とする尿閉、そしてつま先立ちができず、歩行困難という事。
以前のMRIでは、腰椎4番と5番の間に前方へのすべりがあります。かなり強いL4/5脊柱管狭窄も伴っています。

15年前に腰痛、両側大腿の裏の疼痛を主訴とする間欠性跛行がありました。辷りを伴う典型的な腰部脊柱管狭窄症です。
大学病院で固定術を勧められたそうですが、身内の方が固定術を受けたあとに状態が悪くなった経験があり、ご本人は固定術を拒否されました。
その後、ペインクリニックで治療を受け、下肢の痛みは良くなりました。
ここまでは良かった、症状が改善しているから。
しかし9年後、つま先立ちができなくなり、スリッパも脱げやすくなりました。
その4年後、今から1年半前から膀胱炎を頻繁に起こすようになり、泌尿器科で調べると残尿が多く、神経因性膀胱とわかりました。現在は1日3回の自己導尿をしています。
今回、当院を受診されました。今は、なんと腰痛も、強い下肢痛もありません。
では、良くなったのでしょうか。
そうではありません。神経の病気では、「痛くない=神経が大丈夫」とは限りません。
むしろこの方では、痛みが目立たないまま、筋力低下、歩行障害、排尿障害という、もっと重い神経機能障害が進んでいました。
多分、患者さんは言いませんが、大学病院の整形の先生、ペインの先生から
「足首の動き、おしっこの出方に注意しなさいよ。痛くなくてもそれが出たら、はっきり言って少し遅いからね! すぐに行動しなさいよ」と言われていたかもしれません。そこまでは聞いていませんし、忘れているかもしれません。
大学病院の、脊椎を担当する先生が、どのような説明をされたのか、わかりません。固定術を拒否された時点で、筋力低下や排尿障害が出たらすぐ再受診するよう説明されていた可能性もあります。15年前の画像を私は見ていないので、その時点で除圧単独が適切だったとも言えません。ただ、固定術を希望されない患者さんに、除圧単独という選択肢が本当になかったのか。それは今でも考えさせられます。
ペインクリニックには、痛みを取るという大切な役割があります。実際、この方の痛みは改善しています。
当然ですが、どの医師にも職責や役割の範囲があります。そして、その患者さんの家族そのものではありません。できる限り患者さんの側に近くいるようにはしていると思いますが。
今、腰痛や強い下肢痛はありません。しかし、痛みがないことと神経が正常なことは全く別です。この方では、痛みよりも筋力低下、歩行障害、排尿障害という、もっと重い神経機能障害が前面に出ています。
腰椎の「すべり」が症状を出す仕組みには、大きく二つあります。
一つは、すべっている椎間そのものが動いて、椎間板や椎間関節から腰痛を出す場合です
もう一つは、すべりに伴って脊柱管狭窄を来し、下肢痛、しびれ、間欠性跛行、筋力低下、重症になると排尿障害などを起こす場合です。狭窄による腰痛もあってもいいですが、なくてもいい。
この患者さんでは、画像上、椎間板や椎間関節の変性はかなり強いが、腰痛がない。下肢麻痺と排尿障害という、馬尾症状はバリバリある。
私の言い方では、「すべり」はある。しかし現在、治療対象として前面にあるのは「すべり症」よりも、明らかな馬尾症状を伴う「脊柱管狭窄症」です。
すべりを見ると、「固定した方がいいのでは」と考えたくなります。でも、今は、すべりによる機械的な腰痛はほとんどありません。CTでは椎間関節の肥厚・変形が強く、かなり変性が進んでいます。立位や前後屈レントゲンでも明らかな不安定性は認めません。そして狭窄、馬尾症状がメインだから除圧術の適応と考えます。今回は、できるだけ安定性を壊さず、FESSで除圧する予定です。

そもそも、固定術が嫌で大学病院での治療が中途半端で終わってしまったんだから、ここで私が固定術の話をして、また治療を受けられずに歩けなくなったり、排便障害まで出てきたらどうするの! 患者の側に立たなあかん。
まあ、淡海せぼねクリニックは入院施設がないので、椎弓根スクリューを使った固定術はしていません。固定術は必ず数日間は痛いのです。除圧術しかしていない人はフェアーな議論はできない、というのは納得します。
どの程度のすべりまで、固定なしのFESS除圧で対応できるのかについては、いつも慎重に考えています。辷りのある人、側弯のある人のFESS除圧では「不安定性が進行して固定術追加になる可能性はあるよ」と重々説明しています。そういう立場ですので、固定術追加の可能性を想定した状態でFESS除圧術の限界を見極める、というのが当院のスタンス。もちろん、固定術になるのは私も患者さんも嫌なので、除圧術せずに、はじめから固定術の先生にご紹介することは多いです。特に最近は。毎日、見極めています。
論文や学会で得た知見を土台にしながら、最後は一人一人の患者さんで考える。それが臨床だと思っています。
最近では、変性すべりを伴う脊柱管狭窄症でも、すべての患者さんに固定術が必要とは限らない、というデータが出ています。2024年に報告されたNordsten-DSの5年成績では、除圧単独は除圧+固定に対して非劣性で、再手術率も16%対18%でした。もちろん、高度の椎間孔狭窄や変性側弯など、同じように考えられない患者さんもいます。
「すべりがあれば固定」でもなければ、「すべりがあっても全部除圧だけで大丈夫」でもない。結局、見極めです。
という事で、この患者さんは今、術前です。こんなにうまい手術して、こんなにいいぜえ、という勢いのいいプレゼン、趣旨ではないんです。自己愛コラムでもないのよ。
この患者さんは多くのことを教えてくれています。
・「すべり」と「すべり症」、「狭窄」と「狭窄症」という言葉のこと
・すべりを伴う脊柱管狭窄症に、固定が必要なのか、除圧だけでよいのかということ
・そして何より、患者さんに未来の神経障害まで見据えて説明すること
医師にはそれぞれ職責があります。大学病院の医師にも、ペインクリニックの医師にも、泌尿器科の医師にも、私にも、できることとできないことがあります。
でも神経は、「ここから先は○○科の仕事です」とは言ってくれません。
「今は痛くないから大丈夫」ではなく、「足の力が落ちたら」「歩きにくくなったら」「おしっこが出にくくなったら」その時はすぐに動いてください。そこまで説明する。
自分の母親だったら、父親だったら、家族だったら、どう説明するか。
結局、それに尽きると思います。
家族と思って説明せえよ、ですね。