- 10月 9, 2026
- 10月 10, 2026
手術するかどうか、あなたの気持ちを聞かせてください
―医師だけでは決められない、共同意思決定(SDM)の話―
「先生、手術した方がいいんですか?」
よく聞かれます。
もちろん、医学的に明らかに手術が必要な場合は、はっきりとそうお伝えします。
でも、実際の医療では、手術をしてもよいし、しなくてもよい、という場面が少なくありません。そんなとき、私は患者さんに尋ねます。
「あなたは、どうしたいですか?」
手術したいですか? 怖いですか? できればしたくないですか?
その気持ちを聞きたいのです。
ところが、先日、こんなことがありました。
「それを決めるのは先生でしょう」
いや、ちょっと待ってください。
私はあなたに、手術するかどうかを一人で決めてほしいと言っているのではありません。
あなたがどう思っているのか、それを教えてほしいのです。
なぜでしょう。
SDM(共同意思決定)という考え方
以前の医療では、医師が病気を診断し、治療方針を決め、患者さんに説明して同意を得る、という形が一般的でした。
これがIC(インフォームド・コンセント)です。
もちろん、今でも説明と同意は必要です。
しかし、医師が治療方針を決めて患者さんが同意するだけではなく、医師と患者さんが一緒に治療方針を考える、という考え方が広がっています。
SDM、Shared Decision Making、日本語では「共同意思決定」といいます。
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私は、SDMには4つの要素が必要だと考えています。
① 医学的事実
これまでの研究で何がわかっているのか。手術すればどの程度よくなるのか。手術しなければどうなるのか。合併症には何があるのか。
② 患者さんの状態
痛みはどの程度か。麻痺はあるのか。日常生活や仕事にどれほど困っているのか。MRIではどうなっているのか。
③ 医師の経験と判断
医学的なデータだけでは判断できないこともあります。私自身の手術経験、治療成績、これまで診てきた患者さんの経過なども、判断材料になります。
④ 患者さんの気持ち
手術が怖い。仕事を休めない。多少痛くても手術は避けたい。逆に、手術でよくなる可能性があるなら、ぜひ受けたい。
何を大切にして、何を心配しているのか。
この4つです。
①②③については、主に私たち医師が説明し、評価します。
しかし、④だけは患者さん自身から聞かなければ、わかりません。
どれほど経験を積んだ医師でも、患者さんの心の中までは見えないのです。
「麻痺があるから手術」とは限らない。例えば、腰椎椎間板ヘルニア。
足に麻痺があれば手術を考えます。
しかし、麻痺にも程度があります。
筋力はMMT(徒手筋力テスト)という方法で、0から5までの6段階で評価します。
5:正常 十分な力がある
4:軽度の筋力低下 抵抗を加えても動かせるが、正常より弱い
3:中等度の筋力低下 重力に逆らって動かせるが、十分な抵抗には耐えられない
2:高度の筋力低下 重力を除けば動かせる
1:筋肉がわずかに収縮する
0:まったく収縮しない
例えば、MMT 3や2の麻痺が椎間板ヘルニアによって生じた場合、私は原則として早期手術を強く勧めます。麻痺が強くなるほど、そして時間がたつほど、手術しても回復しない可能性があるからです。
一方、MMT 4は非常に幅があります。
少し力が弱いだけの4もあれば、日常生活にかなり支障が出る4もあります。
私は、仕事も日常生活も十分にできているMMT 4を、それだけで手術の絶対適応とは考えていません。
もちろん、進行している麻痺や、生活に支障が出る麻痺は別です。
しかし、日常生活ができていて、痛みもそれほど強くない場合には、保存療法を続けることも選択肢です。
こういうときこそ、患者さんの気持ちが重要になるのです。
同じ病気でも、同じ治療になるとは限らない
同じ椎間板ヘルニア。同じMMT 4。それでも、
「手術が怖いので、できればしばらく様子を見たいです」という人と、
「このまま麻痺が残るのが怖い。手術でよくなる可能性があるなら、受けたいです」
という人では、治療方針が違ってもおかしくありません。
もちろん、どちらの場合も、医師として医学的な安全性や手術の必要性を判断します。
手術を希望すれば何でも手術するわけではありません。
逆に、手術したくないと言われても、医学的に強く勧める必要があれば、きちんと説明します。ただ、複数の選択肢が医学的に成り立つなら、患者さんの希望は大切な判断材料です。
手術適応は、MRIやMMTの数字だけで機械的に決めるものではありません。
「先生が決めてください」でもいい。でも……
私は患者さんに、すべての責任を負わせたいわけではありません。
医学的な判断は、医師の責任です。
「先生の考える一番よい方法を勧めてください」
そう言っていただいても、もちろん構いません。
ただ、その前に、少しだけ教えてほしいのです。
- 手術は怖いですか?
- できれば避けたいですか?
- 麻痺が残ることが心配ですか?
- 今の症状で、どのくらい困っていますか?
「自分でもよくわからない」
それも立派な答えです。
「怖いし、手術も嫌。でも治らないのも嫌」
それでもいいのです。
気持ちが整理できていなくても構いません。
正解を答えてほしいのではありません。本当の気持ちを聞かせてほしいのです。
ところが、その気持ちを尋ねても、まったく答えていただけず、
「どうするべきかは医師が決めることでしょう」と言われると、私は困ってしまいます。
- 医学的な情報はこちらから提供しています。
- 患者さんの状態も診察しています。
- 私自身の経験も踏まえて考えています。
- しかし、4つ目の情報がない。
患者さんが何を望んでいるのかわからないままでは、その人にとって一番よい治療を考えることが難しいのです。
苦い経験があります
かなり以前、ある患者さんに手術を勧めたことがあります。
ところが、その患者さんは別の病院を受診し、「手術しなくても治る」と説明されたそうです。それだけの事ですが、、私は口コミで強く批判されました。
でも、椎間板ヘルニアでは、手術でも保存療法でも改善する可能性があります。
手術を勧めた医師が間違いで、保存療法を勧めた医師が正しい、とは限りません。
同じ病気でも、何を重視するかによって、提案が違うことがあります。
だからこそ、私は患者さんの気持ちを大切にしたいのです。
治療方針を一方的に決めるのではなく、その方が何を希望し、何を恐れているのかを知ったうえで、私の医学的な意見をお伝えしたい。そう思っています。
医師と患者は、同じ方向を向きたい
私は手術が好きです。
手術によって患者さんの症状が改善することは、外科医として何よりうれしい。
でも、手術症例を増やしたくて、患者さんに手術を勧めているわけではありません。
必要でなければ絶対に手術はしません。
手術を避けたい患者さんに、無理に勧めたいとも思いません。
そして、患者さんに手術をお願いするつもりもありません。
私がしたいのは、その方にとって最もよい治療を一緒に考えることです。
医師には医学的な説明と判断の責任があります。
患者さんには、ご自身の希望や不安を伝えていただきたい。
その両方があって、初めてSDMが成り立ちます。
もちろん、気持ちをうまく言葉にできないこともあるでしょう。そんなときは、一緒に整理しましょう。でも、どうか、医師から気持ちを尋ねられたときには、心を閉ざさないでください。
「先生、私はこう思っています」
その一言が、治療方針を決める大切な情報になります。
私は医学的なことをお話しします。だから、あなたの気持ちを聞かせてください。
それが、私の考える共同意思決定、SDMです。
