- 10月 23, 2026
淡海せぼねクリニック、開業4周年

―チームで支えるクリニックへ―
2026年11月1日、淡海せぼねクリニックは開業4周年を迎えます。
開業してからの4年間、本当にいろいろなことがありました。
手術件数は増え、スタッフも増え、診療体制も大きく変わりました。
何もかも順調に進んできたわけではありません。うまくいかなかったことも、苦しかったことも、数えきれないほどあります。
2026年(もうすぐ)11月1日の自分は、「開業してよかった」と思っています。
大変だけど、自由でやりがいがある。
2022年11月1日に開業しました。開業準備は2020年からです。
最近よく考えます。2020年の自分に、その時の武器(医師免許は当然、FESSではなく、MED中心の技術、体力、知性、人脈、財産など)で「開業するべきかどうか」、と聞かれたらなんと答えるか。
「成功は確実ではない、そしてめちゃ大変、想像以上に手間や労力のかかることが多い。あんた頑張れる?」
これではアドバイスになりませんね。でもそういうしかない、というのが今の実感です。
今回は、外来、手術、看護、リハビリ、放射線、医事課、そしてバックオフィス、それぞれの4年間を振り返ってみたいと思います。院長目線で。
1.外来 ― 院長一人で抱え込まなくてよくなった
整形外科
開業当初の数年間、私は慣れない整形外科の診療も担当していました。
患者さんの希望もあってMRIを撮影すると、当然、患者さんは詳しい説明を期待されます。ところが、脊椎以外の整形外科疾患については、画像所見と症状の関係を十分に説明できず、困ることが何度もありました。
患者さんは真剣です。MRIまで撮ったのだから、当然きちんと診断してくれると思いますよね。
2025年10月ごろから整形外科の先生に来ていただけるようになり、本当に助かりました。
現在、整形外科外来は月曜日、木曜日、隔週土曜日に開いています。2026年12月からは金曜日、2027年1月からは火曜日も加わる予定です。
整形外科の先生は脊椎疾患も診てくださいます。クリニック全体を安定させてくれる、いわば船のアンカーのような存在です。
何より、院長が脊椎疾患に集中できるようになりました。
頭痛外来
頭痛も同じでした。
最初は比較的よくみられる頭痛の患者さんが中心でしたが、次第に難治性の頭痛患者さんが増えてきました。
中には、月に30日近くトリプタンを服用しているような、薬剤の使用過多による頭痛が疑われる方もおられました。
頭痛診療の重要性を実感すると同時に、自分の力不足、無力感も味わいました。
現在では、脳神経内科の鈴木先生が担当してくださっています。本当にありがたいことです。
重症の頭痛診療は、決して簡単ではありません。
脳神経外科・脊椎外科
小林先生は、安定した診療で着実に患者さんからの信頼を集めておられます。
当院では対応できない固定術などの症例については、桂病院で治療をしていただいています。クリニックだけですべてを完結させるのではなく、必要な医療へつないでいただけることは、大きな安心材料です。
そして五百蔵先生。当院での手術も含めて、言わずもがなの活躍です。
こうした非常勤の先生方の応援によって、外来はほぼ連日2診体制を実現できました。
開業当初とは、まったく違う診療体制になりました。
2.手術 ― 件数を減らしたことにも意味がある
当院の1例目の手術は、2022年11月15日でした。
その後、手術件数は次のように推移しています。
| 年 | 手術件数 |
| 2022年 | 7例 |
| 2023年 | 165例 |
| 2024年 | 331例 |
| 2025年 | 373例 |
| 2026年 | 約270例(見込み) |
2023年にはMEDが中心でしたが、日帰り手術を実現するため、徐々にFESSへ移行してきました。
2026年のMEDは4例のみで、6月を最後に現在は行っていません。今ではほぼすべての手術が、8mmまたは10mmの内視鏡を使用したFESSになっています。
ここで重要なのは、2025年の373例から、2026年には約270例へ減る見込みであることです。
手術件数が減ったという事で、一見、後退したように見えるかもしれません。しかし、私にとっては大きな意味のある変化です。実際には予定手術はむしろ増えています。本日、10月22日の時点で、1月後半までの手術予約が入っています。
2025年までは、1日に4例、時には5例の手術を行うこともありました。そうなると、最後の患者さんの帰宅は夜遅くなります。当然、看護師の帰宅時間も遅くなります。
そして何より、医師の集中力にも限界があります。
2026年からは、1日の手術件数を原則2〜3例に絞り、スケジュールに余裕を持たせることにしました。
手術は多く行えばよい、というものではありません。安全が第一です。
もう一つの変化は、多椎間手術です。
2025年までは、原則として1回の手術で1か所の治療を行っていました。しかし現在は、適応を慎重に判断したうえで、2椎間までの手術も行うようになりました。
これはFESSの技術が向上したことに加え、国保連合からの複数回手術に関する審査上の指導も背景にあります。
当院では、当初から複数箇所の手術が必要と判断される場合、分割して手術することの妥当性を見直す必要が生じました。
適切な症例で一度に必要な除圧を行うことにより、圧迫病変を残して再手術を待つ期間を減らせるようになってきました。
もちろん、多椎間手術には手術時間の延長や合併症リスクもあります。無理に一度で行うことが目的ではありません。
1回で治療する方がよいのか、分ける方が安全なのか、それとも他院にお願いするべきなのか。その判断も含めて、手術の質だと思っています。
3.看護師 ― クリニックの安定を支える存在
開業当初、看護師は常勤4名でした。
現在は常勤5名、非常勤5名の計10名体制となりました。
特に木曜日は、外来2診と手術を同時並行で行っています。非常勤看護師の存在なしには成り立ちません。
スタッフにはそれぞれの家庭や生活があります。妊娠、出産、家族の転勤などによって、それまで通り勤務することが難しくなることもあります。
そうした変化に対応しながら、看護体制を維持するのは簡単ではありません。
その中で、2名のリーダーの存在が非常に大きいと感じています。
人が10名いれば、自動的に10名分の力が発揮されるわけではありません。
役割分担ができ、互いに助け合い、同じ方向を向いて働けてこそ、組織として機能します。
今後も、現在の看護の質と量、そしてチームワークを維持するには、継続した努力が必要だと思っています。
4.リハビリ ― 人数だけではなく、できることが増えた
開業時、理学療法士は男性2名でした。
運動器リハビリテーション料(II)からのスタートです。
現在は男性2名、女性3名の計5名となり、運動器リハビリテーション料(I)の施設基準を満たす体制となりました。
しかし、変わったのは人数だけではありません。
脊椎手術前後の神経所見を評価し、患者さんの機能を継続的に把握できる体制が整ってきました。
また、整形外科外来の充実に伴い、脊椎以外の運動器リハビリテーションにも対応できるようになっています。
手術によって神経の圧迫を取り除くことと、その後、身体の機能を取り戻していくことは別です。
リハビリが充実することによって、当院で提供できる医療の幅が大きく広がりました。
現在も理学療法士を募集しています。可能であれば、さらに1名増員したいと考えています。
5.放射線科 ― 検査を増やすことが、よい医療とは限らない
開業時、診療放射線技師は女性2名でした。
現在は女性1名、男性1名の常勤2名に、非常勤3名を加えた体制です。
当院ではレントゲン、CT、MRIを院内で行うことができます。これは外来診療における大きな強みです。
一方で、難しい問題もあります。
当院では国保によるMRIの保険審査で、高い割合の査定を受けています。60%を超える状況が続いています。
検査が増えれば、技師の仕事も増えます。しかし、撮影した検査が保険請求で認められなければ、その負担に見合った収益は得られません。
そして、これは経営だけの問題ではありません。
患者さんが不安だからMRIを撮る。患者さんが希望するからMRIを撮る。
そのような診療を続けてよいのか。
もちろん、患者さんの不安を理解することは大切です。しかし、それに応える方法が必ずしもMRIであるとは限りません。
医学的に必要であり、その検査結果が診断や治療方針の判断に役立つときに行う。
原則に立ち返る必要があると思っています。
不要な検査を減らすことも、医療の質を高めることの一つです。
6.医事課 ― 2名でやっていたことが信じられない
開業時、医事課は2名でした。現在は常勤4名です。
患者さんが増え、診療内容も複雑になりましたが、スタッフが増えたことで、日中に受付以外の業務も進められるようになりました。
開業当初と比較すると、レセプト時の残業も減っています。
今振り返ると、2名で医事課を回していたことが信じられません。
もう一つ、この4年間で学んだのは、新人教育の難しさです。
現在の4名は全員が経験者ですが、未経験者を一から育てるには相当な労力が必要です。
教育担当者が必要になり、その人が通常業務に十分な時間を割けなくなるため、一定期間はむしろ戦力が減ります。
新しいスタッフを採用するだけでは解決しないのです。
教育できる余裕があって、初めて人を育てることができます。
そういう意味でも、十分なマンパワーが必要です。
7.バックオフィス ― クリニックの「せぼね」
最後はバックオフィスです。
患者さんからは見えにくい仕事ですが、クリニックを維持するうえで欠かせない存在です。
職員と院長を守り、雇用を維持し、さまざまな問題を解決する。そして、社会との窓口にもなる。
職員の不満や問題が大きくなってから対応するのではなく、できるだけその前に気づき、解決する。
時には柔軟に、時には厳しく対応しなければなりません。
そして、忘れられない出来事があります。
2022年11月末。開業してまだ1か月も経っていない頃です。
当時のコンサルタントから多額の貸付金を回収できず、銀行口座は大変なことになりました。その問題を解決し、きっちり回収してくれたのが、何を隠そう私の兄、現在のバックオフィスです。開業直後にクリニックが存続の危機に陥るという、やばい状況です。
正直、思い出したくない。しかし、あの時、兄がいなかったら今のクリニックはなかったかもしれません。
その事件をきっかけに、病院に入ってもらいました。以後、一貫してクリニックを支え続けてもらっています。
どんなに「ナニワ金融道」読んでも、「正直不動産」読んでも、私は所詮、ただの医者です。世の中のこと、なんも知りません。
バックオフィスは病院の「かなめ」であり、文字通り、淡海せぼねクリニックの「せぼね」です。
おわりに ― 4年間で変わったこと
開業時、私は、当然自分の力で診療を成立させようとしていました。
脊椎外科医として手術をする。外来を診る。できるだけ多くの患者さんに対応する。
当然のこと。
しかし4年経った今、それだけではクリニックは成り立たないことがよくわかります。
分野によっては自分より詳しい先生に診てもらうこと。
安全のために手術件数を減らすこと。
リハビリや看護、放射線、医事課のスタッフが無理なく力を発揮できる体制を作ること。
そして、それらを信頼できるバックオフィスが支えること。
医師一人が頑張るよりも、それぞれの専門家が力を発揮できる方が、ずっとよい医療になるのだと思います。
4年間でスタッフが増え、組織が大きくなりました。
しかし、組織が大きくなれば、自然によくなるわけではありません。大きくなった組織を維持し、さらによくしていくためには、これまでとは違う努力が必要です。
開業して4年経過。みんなで支えるクリニックになってきた。
そして5年目。いい波が来ていて、ポジションもパドリング力も十分、という状況です。
ただし、波に乗るのは、自分一人の力では無理。
患者さんに感謝して、スタッフに感謝して、運に感謝して、社会に感謝して、
共同体への貢献を第一に考えれば、行ける。
リラックスして前を見れば大丈夫。