• 9月 14, 2026

交通事故と後遺症、そして素晴らしい自賠責制度

― 医師の責任と「共同体感覚」 ―

交通事故の患者さんに対して自賠責を用いて治療をします。

自賠責=自動車損害賠償責任保険:根拠となる法律は、自動車損害賠償保障法(自賠法)

交通事故発生時における被害者の基本的な対人賠償を確保するための強制保険:国土交通省 です。

はじめて今回知ったのですが、自賠責制度には、無保険車やひき逃げの場合にも被害者を救済する政府保障事業があります。つまり、「加害者が自賠責に入っていなかったから、被害者は泣き寝入り」とはならないように、政府による救済の仕組みまで用意されています。さらに現在では、自賠責を財源として、重度後遺障害者への介護料、療護施設、交通遺児支援、事故防止など、保険金だけでは救われない被害者を支える政策にもつながっています。めちゃくちゃいい制度。それを支える立場にいるという事は、私もしっかりせなあかん。

つい先日、ある患者さんが外来に来られました。

「保険会社に自賠責の支払いを打ち切られたが、これこれの痛み、張りが続いている。この症状の原因、事故との関連性をはっきりさせたい。」

私の診察は今回が初めてでした。あくまで激しい痛みで仕事に行けず、様々なお薬の量を調節したり、ブロックしたり、点滴したり、しているわけではなさそう。麻痺や、他覚所見はなく、仕事もできています。

そして私の診察の一言目が、「何とかこの痛みを治したい」、ではなく、「原因をはっきりさせたい」。原因をはっきりさせて治したいのかもしれませんが、私のような凡人が普通に考えると、自賠の支払いが終わった→事故と症状の関連をはっきりさせて、後遺障害の認定、申請をしたいと思ってこられている、と考えました。あくまで、私の診察の前半、というかほとんどは、治したい、という発言はなく、原因を明らかにしたい、という事でした。

当院へは数回受診されていますが、1回目は処方なし、2回目は軽めの鎮痛治療。その後、2か月ほどのインターバルをおいて私の初診。私は初めてですから、今までのことがカルテ上の記載でしかわかりません。

「原因をはっきりさせたい」、に対して私は「うーん」と腕組みをして考えました。何といえばいいのか、理解してもらえるのか、「関連の証明は、非常に難しい」。

そして、当院では、実は症状固定をしていないんです。それなのに、治療の話ではなく、事故と後遺症との関連を究明したい、と言われる。内服処方は2か月前の1回のみ。という事は、ほとんど何も治療はしていない。接骨院には行っておられる様子。

「まず、頚椎由来の色々な症状で、手術にて改善した人を私は多く経験させていただき、論文投稿、学会発表もしています。ですから、あなたのおっしゃるような症状が頚椎由来で起こることは自然なことだと思っています。」

「しかし、そんな私でも、事故と頚椎、そして二つの自覚症状との関連を、医学的に証明することは非常に難しいです。少なくとも、現在の画像や診察所見から、事故によって、この症状が生じた、と積極的に判断することはできません。頚椎レントゲン、MRIには、事故による明らかな外傷性変化がありませんでした。症状も比較的軽度の外傷(激しい痛みや麻痺がなく、ICUに入院したわけでもなく、当日に自分で帰れる程度という意味で)であり、交通事故による外傷が原因である可能性はあっても、事故との因果関係を医学的に説明するには、残念ながら十分とは言えないと思います。」

「でも、事故の前になかった症状ですよ」

「分かります、事故の前になかった症状が事故の後に出れば、事故のせいだろうって、それは全くそう思います。その論理が通っている場面は今の日本にもたくさんあります。

しかし、『医学的にあり得る』、と『自賠責上、事故との因果関係を認定できる』は別問題なのです。」

そこまで話すと、なぜか患者さんは怒りだしていました。目つき、顔つき、いろいろな表現できない感じ。

「治療もできんのか」

「いやいや、治療の話はまだしていないでしょ。前回の薬はどうでした?」

(本当はここをゆっくりとお話ししたい。前回のお薬が効いたのか、効かなかったのか。副作用はなかったのか。前回1か月分処方して、2か月経過しているという事は、1か月は薬を飲まなかったと考えられるが、結局どうだったのか、などなど。しかし、ものすごい怒気、目をひん剥いて迫ってこられた、と感じた。私の印象のみだが、殴られる可能性もあった。ゆっくり話をする勇気はない。治療の話ではなく、因果関係の話を先にしてきたのは患者さんですが、)

「ちょっとスミマセン」

一旦部屋を出ました。看護師、バックヤードと対策を相談して、戻る。

「湿布とかないんか」

「はい、出します」

その後は看護師さんたちが上手にお話を聞いて、着地。

最近の淡海せぼねクリニックのスタッフはすごい。

さて、この面談の後、たくさんモヤモヤが残りました。

無力感、私の無知、何だろう。何で恨まれる?

その答えを出すのに、いろいろ考え、調べました。交通事故後の患者さんと医療機関、保険会社、そして裁判所の関係についても。その結果が前回のコラムです。

これまで、交通事故、自賠責、症状固定、全然興味がありませんでした。患者さんが来られるので、何とかこなすのみ。前回のコラムで触れましたが、自賠責の支払い終了は保険会社の問題、医師は独自に症状固定をする役目がある。しかし、私は、ほとんど自分から症状固定をしたことがありませんでした。だらだらと保険屋さんが支払うなら、そのまま接骨院通ってもらえばいいか、と。特に何も考えてはいませんでした。本当は保険屋さんじゃなくて、自賠責が払っているのだが。

今回のことを通して、わかったことがあります。

患者さんがおかしいのではない。現状の自賠責の運営と、一般の患者さんが持っているイメージには、かなりの差がある。そして、その間に挟まれる医師、看護師、医事課は、一生懸命に患者さんのために動いていても、時に患者さんから恨まれることがある。

医師が交通事故の患者さんを診るということは、単に痛みを治療するだけではなく、自賠責という制度の中で医療を行う、ということ。

症状が残っていても、現在の治療を続けることで医学的に有意な改善が期待できないと医師が判断すれば、「症状固定」とします。これは毎度の症状固定の定義。

つまり、患者さんと話し合って「症状固定にしましょう」と決めるものではない。医学的な判断だから。そして、症状固定は「もう治療できません」という意味でもありません。

症状が残っていれば、必要に応じて健康保険などを利用して、その後も治療を続けることはできます。

一方、特に問題となることが多いのは、接骨院での施術を自賠責で受けている患者さんです。この方々にとって、症状固定の意味は大きくなります。これまで自己負担なく受けていた施術が、その後は同じようには受けられなくなる可能性があるからです。

だからこそ、医師が突然「今日から症状固定です」と言えば、患者さんが戸惑ったり、怒ったりすることも理解できます。

今回のことを念頭に、今後、交通事故後に接骨院での施術を希望されている患者さんについては、初診時から、自賠責の制度のことを、できるだけ分かりやすく説明しておこうと思います。また、予想される症状固定の時期についても、医学的にある程度予測して、初診時からお話ししておく。

接骨院から診断書を求められた場合に、それを拒否して「リハビリはすべて当院で」とすれば、医療機関としてはシンプルなのかもしれません。でも、患者さんには患者さんの生活があります。もともと通っている接骨院がある。当院の診療時間外にも施術を受けたい。毎日のように施術を受けたいが、当院では予約枠が取れない。そういう事情もあります。だから私は、接骨院を排除するのではなく、医療機関と接骨院、それぞれの役割を理解したうえで、患者さんにとってより良い交通事故診療を考えていきたいと思います。

今のところは逃げずに、きちんと向き合おうと思います。

患者さんを治療し、医学的に判断する。自賠責制度の中で、自分の責任を考える。

これが私の役割、私なりの「共同体感覚」です。

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