• 8月 18, 2026

クリニック経営と「共同体感覚」

私たちは日常生活の中で、「これは正しい」「これはやってはいけない」と、たくさんのことを判断しています。

人が大勢いるところで走らない。
人の邪魔をしない。
困っている人がいたら助ける。
物を盗まない。人を傷つけない。

「自分だけが得をすればいい」という考え方も、あまり良いものとはされません。

では、こうした「良い」「悪い」の基準は、いったいどこから来るのでしょう。

法律でしょうか。
道徳の教科書でしょうか。
宗教でしょうか。

もちろん、それぞれが影響しているのでしょう。

でも、もっと根本にあるものがあるのではないか。

最近、私はずっとそんなことを考えていました。

「共同体感覚」という言葉

そこで、昔読んだアドラーの言葉に出てきた「共同体感覚」という言葉が、妙にしっくりきました。

人間は、一人では非常に弱い。

原始の時代から、人間は集団で生きてきました。

大型動物を倒す。
子どもを育てる。
食料を確保する。
外敵から仲間を守る。
知識や技術を次の世代に伝える。

一人ひとりが、それぞれの持ち味を生かして、共同体の中で役割を果たす。

そうやって人間は生き延びてきたのでしょう。

もちろん、これを単純に「遺伝子に組み込まれた本能」と断言することはできません。けれど、長い人類の歴史の中で培われたものと、家庭や学校、社会の中で学んできたもの。その両方が重なって、私たちの中に「共同体を維持しようとする感覚」が育っているのではないか。

私はそれを「共同体感覚」と呼んでみたくなります。

「自分だけが得をする」よりも、

「自分も良くなり、周りも良くなる」

ほうが、長い目で見れば共同体を維持することにつながります。

だから私たちは、そういう人を「良い人」と感じるのではないでしょうか。

逆に、自分だけが得をするために周囲を犠牲にする人を見ると、なんとなく嫌な感じがする。

その「なんとなく嫌な感じ」の正体も、もしかすると共同体感覚なのかもしれません。

ネットニュースのコメント欄を見ていても、同じことを感じます。

有名人が何かをすると、「これは許せない」「こんなことをするべきではない」と、大勢の人が評価します。

もちろん、そこには嫉妬や同調、単なる怒りもあるでしょう。

だから、世間の評価がいつも正しいわけではありません。

それでも、その底流には、

「そんなことをしたら共同体が壊れる」

「そういうことは許してはいけない」

という感覚が流れていることがある。

私たちは、法律や道徳を教わるよりもっと前から、「これは何となく良い」「これは何となく嫌だ」という感覚を持っているのではないでしょうか。

クリニックも、共同体の一部

こう考えていくと、クリニック経営についても、少し違った見方ができるようになりました。

クリニックを始めたばかりの頃の私は、

「クリニックを潰してはいけない」

「発展させなければならない」

「症例数を増やさなければならない」

「売上を上げなければならない」

と考えていました。

もちろん、それは経営ですから必要なことです。

自分自身が生活できること。
スタッフに給料を払えること。
設備を維持できること。
クリニックを継続できること。

そこを乗り越えなければ、患者さんや社会のために何かをすることもできません。

人間も同じです。

まず自分自身が一人の人間として生きていけること。そのうえで、共同体の中で自分の役割を果たしていく。

クリニックも、まず「このクリニック、大丈夫なの?」という時期を乗り越えなければならない。

淡海せぼねクリニックも、最初の1〜2年を必死に乗り越え、今は4年目になりました。

そこで、少しずつ考え方が変わってきました。

クリニックが本当に目指すべきなのは、症例数そのものではないのではないか。

患者さんに最高の治療をする。
スタッフにとって良い職場をつくる。

その結果として、共同体全体が良くなる。

それが本来の順番なのではないかと思うのです。

患者さんから信頼される。

スタッフが「ここで働くのは楽しい」と思える。

その結果、患者さんが紹介してくれる。

症例数が増える。

クリニックが発展する。

これは健全な流れです。

「せっかく来てもらったから」ではない

例えば、当院で診断した患者さんでも、当院で手術するより、入院設備のある病院で治療したほうがよい患者さんはいます。

そういう患者さんを、無理に自院で手術する必要はありません。

「せっかく来てもらったのだから、自分たちで手術しよう」

ではなく、

「この患者さんにとって、どこで治療するのが一番良いのか」

を考える。

必要なら、どんどん紹介する。

一見すると、自分たちの症例数を減らす行為です。

でも、長い目で見れば、そうではないと思います。

自分たちの得意な領域を明確にする。

無理なことはしない。

その代わり、自分たちが本当に得意な治療については、知識も技術も徹底的に磨く。

そうすれば、

「あそこなら安心して任せられる」

という信頼が少しずつ積み上がっていく。

そして、結果としてクリニックは発展していく。

結果は、あとからついてくる

考えてみれば、これはクリニックだけの話ではありません。

会社でも、学校でも、地域でも、おそらく同じです。

「自分だけが得をする」ことを目的にするのではなく、

「自分も良くなり、周りも良くなるにはどうしたらいいか」

を考える。

その結果として、自分にも利益が返ってくる。

そういう循環のほうが、ずっと強い。

吉田松陰が今でも多くの人を惹きつけるのも、自分自身の利益だけではなく、自分の人生を共同体のために使った人だからなのかもしれません。

人間は、自分一人だけでは生きていけない。

だからこそ、自分の持っているものを使って、共同体の中で何かの役割を果たす。

そして、その結果として自分も生きていける。

それが、人間という生き物の、とても自然な姿なのではないでしょうか。

クリニックの症例数や売上も、もちろん大切です。

でも、それ自体を目的にしてしまうと、どこか苦しくなる。

患者さんにとって良いことをする。
スタッフにとって良い職場をつくる。
社会にとって必要とされる仕事をする。

その結果として、患者さんから信頼され、スタッフが生き生きと働き、紹介が増え、症例数が増え、クリニックも発展していく。

それならば、症例数や売上が増えたことを、

「自分が頑張ったからだ」

と考えるより、

「大きな流れの中で、自分たちも共同体の一部として、うまく機能できているのだな」

と感じるほうが、私はしっくりきます。

クリニックを発展させることが目的なのではない。

共同体の中で、自分たちにできることを精一杯やる。

その結果としてクリニックが発展する。

今の私は、その順番が一番自然なのだと思っています。

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