- 11月 8, 2025
「寝たきりになるぞ」に要注意!
最近話題のShared decision makingと頚椎症性脊髄症の治療
先日、80代後半、既往で心臓2回オペした痩せた男性が少し離れた町から受診されました。
「右足が痛くて痛み止め飲みまくっているが治らない。全身MRIとってくれるA病院に行ったら『頚椎が悪い、寝たきりになるぞ』と言われた。怖くて怖くて、淡海せぼねクリニックなら内視鏡でオペできるかと思って」。
私は思いました
(おそらくなんとかドックで、自費でしょう。「寝たきり」、は良いけど、怖いことを言うなら、そのあとの受け皿用意してほしいなあ。それと右下肢痛で頚椎由来って、ありえないことないけど結構レアだなあ)
「かわいそう」というのが第一印象でした。よし、オペにはならないと思うけど、とにかく人間的に対処しよう。

ところで、腰椎の写真を持っていないので、お聞きすると、「ない」、と。「チョ待てよ」レベルです。腰のMRI撮ったら、普通に右L45ヘルニア。右大腿外側の痛み。普通じゃん!

L5神経根ブロックが効いて、腰椎由来であることを確認しました。しかし、その後も「結局、頚はどうなりますか?」
私)「腰のヘルニアによる足の痛みであるという事が確認されたんですよ。よっぽど、『寝たきり』という言葉が怖かったのですね。しばらくは寝たきりにはなりませんよ。」
この話には大きな意味があります。
- 頚椎症性脊髄症は画像にかかわらず進行しない例が多い、という事をおそらくA病院の医師は知らない。
- 頚椎症性脊髄症では、不安解消のために手術を希望する人が多い。
- そもそもShared decision makingが最も必要なのは頚椎症性脊髄症のような場合じゃねえ?
丁度タイミングがいいので、今日は先日学会で購入した脊椎脊髄ジャーナルの「軽症頚椎症性脊髄症の治療戦略」をまとめます。

はじめに頚椎神経疾患は大きく頚椎症性脊髄症と頚椎症性神経根症に分かれます。
「頚椎症性神経根症」|日本整形外科学会 症状・病気をしらべる
頚椎症性神経根症は片方の肩やくび、腕、指の痛みしびれ、力の入りにくさであり、頚を前後屈すると悪化することがおおいです。めちゃめちゃ痛い、仕事に差し支える、そしてベッドで寝られず、座って寝るような人は手術適応です。ただ、保存的治療で治る人が多いです。これについてはまた別の別の頁で触れます。脊髄がムカデの胴体なら、神経根はムカデの足の部分です。

頚椎症性脊髄症はムカデの胴体の部分が圧迫障害されて出現します。症候は書字、箸が使いにくい巧緻運動、歩行やバランス障害、四肢のしびれです。重症で、はっきりと手が使いにくい、歩きにくい場合には、全身状態が許せば手術がベストです。問題は「軽症」の場合です。
「軽症頚椎症性脊髄症」(学術的にはJOAスコア13点以上)
手のしびれ、感覚障害、巧緻運動障害はあるが、下肢症状がなく、日常生活は可能な状態です。
多くの報告で一致していることは、70-80%は症候が悪化しない(20-30%は悪化する)。悪化は増悪期と緩解期と固定期がある、という事。


悪化する症例は圧迫の程度、脊髄の形状(ブーメラン、三角型など)、可動域(辷り、高い可動域)に特徴がある。

手術適応についてのまとめ
- ガイドライン:症候進行性のものは手術を考慮する。
- 根本的な保存的治療がないので、患者が精神的ストレス、不安によって手術を決断することが多い。その為、70-80%は進行しないというエビデンスを患者に示す。少なくとも、「放置すると寝たきりになるぞ」といたずらに脅すべきではない。脊髄損傷のリスクは1.4%である(鷲見 p405)。
- 脊髄症状は基本的に不可逆であり、手術をしても改善しない症状もある。重傷、高齢、後手に回るほど症状は改善しにくい。手術には一定の確率でリスクがある。
- めまい、耳鳴り、吐き気、頭痛、腰痛、下肢痛が手術で改善することが実際の臨床、さらに論文でもある(根尾 p421)。
- 若い人は余命が長く、趣味、スポーツ、職業でも求められるレベルが高く、手術で得られる利益が大きい。
- 上記を鑑みて個々の患者背景に応じた治療を適宜決定する(narrative based medicine)べき。
となります。
下手にあおる医者がいたら要注意です。必要なのは、患者さんとたとえ不十分だとしても、今利用できる最善のエビデンスを共有して、一緒に治療方針を決定していくという事です。これはインフォームドコンセントではなく、最近よく言われている「Shared decision making」:共有意思決定です。軽症頚椎症性脊髄症の治療方針こそ、SDMが必要ですね。
